【空色の店〜イモルタレアリテ〜】


困ったり悩んだりしている時にだけ、あなたの前に現れる空色の店。



〚ご注意〛

・性別不問ですが、徹だけは変更不可です。

・キャスト様の性別は問いません。

・アドリブは、世界観を壊さない程度でお願いします。

・一人称、語尾等の変更はOKです。



‪《登場人物》

①空(そら)

空色の店の店主。

性別不問


②ヒメル

空と一緒にいるネコ。

性別不問


③有坂徹(ありさかとおる)(男)

仕事一筋な働き盛りの男性。

性別変更不可




-------❁ ❁ ❁-----ここから本編-----❁ ❁ ❁-------




ヒメル:「(N)あなたが住み慣れている街に、ふと、見覚えのない路地があったら・・・。

心のままに覗いて見てください。

きっとそこには、あなたが望んでいるものがある・・・かもしれません。」




徹:「(M)最近ネットでまことしやかに流れている、ある噂。

『困ったり悩んだりしている時にだけ、あなたの前に現れる空色の店。見つけたら願い事が叶うらしい。』

そんなものが本当にあるのなら・・・、本当に願いを叶えてもらえるのなら・・・、あいつに会って、聞きたい事がたくさんあるのに。

だが・・・。あいつは幸せだったんだろうか。それを聞くのが・・・怖くもある自分は・・・きっと情けない顔をしているのだろう。」




徹:「何も言わずに突然いなくなるなんて・・・。

私には、おまえの本当の気持ちを、知る術(すべ)はもうない。」





(しばらくの間)





徹:(疲れた・・・。

家に帰ったら、やる事が山ほどある。順番に片付けていかなくては。あいつはもう居ないのだから。)


徹:「(M)仕事の帰り。残業していたこともあり、いつもよりさらに遅くなってしまった。

未だに慣れないが、今日の夕食を買う為に、スーパーに立ち寄っていた。帰りがさらに遅くなり、疲れをどっと感じる。」


徹:(本当なら、家に帰ればあいつが・・・、夕飯を作っているはずなのに・・・。)


徹:「(M)スーパーの袋すら重たく感じながら、のろのろと歩いていると、なんだか違和感がして、ふと立ち止まった。」


徹:「・・・ん?こんな所に、路地なんてあったか?」




(少しの間)




ヒメル:「空〜!ソファの上に置いてあるこの本、どけてよ〜!」

空:「・・・んー。(本を読んでいる)」

ヒメル:「ソファに座れないじゃない!」

空:「・・・んー。」

ヒメル:「この時間は、ソファにの上で、ゴロゴロするって決めてるのにぃ!」

空:「・・・んー。」

ヒメル:「もう!!聞いてるの?空!!」

空:「ん?どうしたんだい、ヒメル。」

ヒメル:「『どうしたんだい、ヒメル。』じゃない!!私の話、聞いてた!?」

空:「・・・えーと、・・・なんだったかな?」

ヒメル:「もう!空は〜!本を読み出すと、ほんっとに、なんっにも聞いてないんだから!」

空:「ごめんごめん。」

ヒメル:「ソファの上の本、どけてよ〜。」

空:「あぁ、ごめんよ。ヒメルの定位置に置いてしまっていたね。」


(空、本をどける)


空:「よいしょっと。

さぁ、これで大丈夫かな?」

ヒメル:「うん、ありがと!」

空:「さて、そろそろお茶の時間だね。

今日は何を飲もうか・・・。

うーん、今日はこれかな・・・。」

ヒメル:「なになに?」

空:「ホットココアだよ。」

ヒメル:「ココア!好きだよ!」

空:「しかも、マシュマロが乗ってるやつだよ。」

ヒメル:「わぁ♪やったぁ♪」


(少しの間)


空:「・・・おや?」

ヒメル:「・・・タイミングがいいのか悪いのか・・・。」

空:「お客様だね。

ヒメル、頼めるかな?」

ヒメル:「はーい!すぐ戻ってくるからね!

私の分は、いっぱいにしてね!」

空:「うん。チョコも乗せておくよ。」

ヒメル:「わぁい♪」




(少しの間)




徹:(なんだろうか・・・奥が真っ暗で何も見えない・・・。)


徹:「(M)街灯も何もない、真っ暗な路地。

目を凝らすと、奥の方に、色とりどりの光が見える。」


徹:(あれはなんだ?・・・絵?)


徹:「(M)すると、その光が動き、右側に傾いた。」


徹:(・・・あれは扉・・・か?)


徹:「(M)奥に見える色とりどりの光が右に傾くと、扉の形なのだろう、オレンジ色の光が長方形に路地に降り注ぐ。

扉の周りは、夜空のように星が瞬いている。

扉だけが夜空に浮いているように見える、不思議な光景だった。」


徹:「(M)あっけに取られていると、扉の中から、一匹のネコが現れた。

だんだん近づいて来るそのネコは、私の足元まで来ると、歩みを止めた。」



ヒメル:「にゃ〜。」

徹:「ん?」

ヒメル:「にゃっにゃっ。」


徹:「(M)ポンポンと、私の靴に手を乗せてくる。」


ヒメル:「にゃ〜。」


徹:「(M)そして踵を返し、誘う(いざなう)ように扉の方に歩いていく。」


徹:(なんだか呼ばれているようだ。

・・・・・・・・・。

呼ばれている?・・・何をバカなことを考えているんだ。そんな事、ある訳が無いだろう。)


徹:「(M)それでもネコから目を離せないでいると、扉の前に着いたネコが、ちょいちょいと手招きをする。」


徹:「!?」

徹:(これは夢なのか?疲れ過ぎて、頭がバカになっているのだろうか?)


徹:「(M)頭ではそう思っているのに、足はなぜか、誘われるままに歩を進める。ネコの後を追いかけて、私はステンドグラスの嵌った扉に手をかけた。」




(少しの間)




空:「いらっしゃいませ。」

徹:「・・・どうも。」

空:「どうかなさいましたか?」

徹:「あぁ、いや・・・、ここに今、ネコが入っていったと思うのだが・・・。」

空:「あぁ、はい、ヒメルの事ですね。

そこのソファに座っておりますよ。

ヒメルがどうかなさいましたか?」

徹:「あぁ、いや、別に・・・。」


徹:「(M)見ると、ソファに行儀よく座っているネコがいた。

確かに先程のネコだ。

だが、このネコが手招きしたからこの店に入っただなんて、口が裂けても言えない。

頭がどうかしていると思われるのがオチだ。」


空:「どうぞ、お掛けになってください。

今丁度、温かいココアを入れた所なんですよ。」

徹:「・・・あ、あぁ。」

空:「甘いものはお好きですか?」

徹:「まぁ。」

空:「それは良かった。

今日のココアは、マシュマロとチョコも乗っている、特別仕様なんですよ。

あと、少しの隠し味も・・・。

・・・どうぞ。(ココアを差し出す)」

徹:「あぁ。

(一口飲む)・・・シナモン、か。」

空:「ええ、そうです。よくお分かりになりましたね。」

徹:「あぁ。同じ味を、飲んだ事がある。

・・・懐かしい。」

空:「少しの隠し味は、愛情の印なんですよ。

その人の為を思って、美味しく召し上がって頂けるように入れるのですから。」


空:「さ、ヒメルもおいで。」

ヒメル:「うん!待ってました!」

徹:「っ!?」

ヒメル:「こんばんは。ヒメルだよ。ゆっくりしていってね!」

徹:「・・・は?え?」

空:「驚かせてしまって申し訳ありません。

ヒメルは話せるのです。」


空:「ヒメル、驚かせてはダメじゃないか。」

ヒメル:「だって、結局驚かれるんだもん。いつ話しかけても一緒でしょ。」

空:「・・・まぁ、確かに。

でもタイミングという(ものがあるじゃないか)」

ヒメル:「(被せて)お客様の名前はなんて言うの?教えてよ!」

徹:「・・・あ、あぁ、私は・・・、有坂、有坂徹だ。」

ヒメル:「徹さんか!よろしくね!」

徹:「・・・あぁ・・・。」


徹:「(M)私はこの状況に混乱していた。

不思議な建物に、喋るネコ。どう考えたっておかしい。」


徹:(夢でも見ているのか・・・。)


空:「徹さん、あなたは、何か悩みがあるのではないですか?」

徹:「え?」

ヒメル:「ここはね、悩みがある人しか訪れることが出来ないお店なんだよ。」

空:「悩みがある方をお招きし、お話を聞いて、その方にピッタリの物をお渡しし、悩みの解決のお手伝いをしているお店なのです。」

徹:「・・・はぁ・・・。」

徹:(やっぱり夢か・・・?)

空:「夢ではないですよ。」

徹:「え!?」

ヒメル:「最近ウワサになってる、空色のお店って知ってる?」

徹:「・・・あ、あぁ、でもあれは、都市伝説的なものだろう?

願いが叶うなんて、そんな店が、現実にあるはずがない。」

ヒメル:「あるんだなぁ、これが♪」

空:「実際は、願いが叶う訳ではなくて、お客様のお手伝いをしているだけなのですけどね。

僕達の手助けで、どうなっていくのかは、お客様次第です。」

ヒメル:「そうそう!」

空:「過去にも実際、用法・用量を守らなかったばかりに、大変な事になった方もいらっしゃいます。

是非、徹さんには、幸せになって頂きたいですね。」

徹:(・・・新手の詐欺か?)

空:「詐欺ではありませんよ?」

徹:「え!?」

ヒメル:「私が話してるってだけでも、信憑性があるんじゃない?」

徹:「あぁ・・・確かに。ネコが話していること自体が、もう普通では有り得ないからな。

いいだろう、話を聞こう。」

空:「ありがとうございます。

ですが、お話頂きたいのは、徹さんの事です。

何か、お悩みはありませんか?」

ヒメル:「なんでもいいんだよ!小さい事から、大きな事まで、なんでも話して!」

徹:「・・・あぁ、そうか。そうだったな。」

空:「はい。ココアでも飲みながら、ゆっくりと話しましょう。」




(少しの間)




徹:「私は、会社で管理職をしている。順調に出世し、今は課長だ。」

空:「そうなんですね。」

ヒメル:「(ヒソヒソ声で)課長ってすごいの?」

空:「(ヒソヒソ声で)徹さんの年齢位で課長は、すごいと思うよ。」

ヒメル:「へ〜!」

徹:「部下達にも恵まれ、仕事は概ね順調に進んでいる。

・・・多少、忙しすぎるきらいはあるがね。」

ヒメル:「じゃあいいじゃん!」

徹:「充実した日々を送っていたんだ。

だがね・・・。」

空:「何か、あったのですね?」

徹:「・・・・・・。

妻が・・・、先月亡くなってね。

仕事ばかりに集中することは難しくなったんだ。」

ヒメル:「奥さんが?」

空:「それはそれは・・・。お悔やみ申し上げます。」

徹:「いや、いいんだ。

妻とはお見合い結婚だったし、そこまで思い入れはない。

家の事をしてくれる者がほしかっただけだ。」

ヒメル:「・・・つめたぁい。」

空:「ヒメル。(窘めるように)」

徹:「いや、いい。

世間一般ではそう言う感想がほとんどだと言う事も分かっている。

うちの会社は古い。古いが故に、男は家庭を持って一人前と言う慣習がある。

私は、会社に認められる為に、妻と結婚したようなものだ。」

空:「奥様とは、結婚して長かったのですか?」

徹:「そうだな。気が付けば、十年か・・・。」

ヒメル:「十年!?長いじゃん!」

空:「奥様は、どんな方だったのですか?」

徹:「あれは、そうだな・・・。大人しくて、頼りなくて。私がいなければ何も出来ないような、そんな女だった。

だが、家のことはしっかり守ってくれた。いつも静かに微笑んで、私を迎えてくれていた。」

ヒメル:「奥さん、どうして死んじゃったの?」

徹:「・・・事故だった。

夕飯の買い物の途中、信号を無視した車に・・・引かれたんだ。」

ヒメル:「っ!」

空:「・・・悲しい・・・出来事ですね。」

徹:「・・・そうだな。・・・そうなんだろうな。

だが私は、何より仕事が大切だ。命をかけていると言ってもいい。

妻が亡くなったことよりも、仕事が出来なくなることの方が問題だ。

・・・私は、薄情なんだろうな。十年連れ添った妻が亡くなっても、仕事のことばかり考えている。

その証拠に、妻が亡くなってから、一筋たりとも涙は流れていないのだから。」

ヒメル:「・・・悲しくないの?奥さんがいなくなっても。」

徹:「わからない。

今は、家に帰ると家事をやらなくてはいけない事が、煩わしくて仕方ない。

妻がいないことで、私にそれが降り掛かってくることに対して、憤りを感じる程に。」

空:「・・・徹さんは、奥様が生き返ることをお望みですか?」

徹:「そんなことは考えていない。

第一、こんな薄情な男の所に帰って来て、あれが幸せを感じるとは思えないからな。」

ヒメル:「じゃあ、どうしてほしい?どうしたらいいの?」

徹:「・・・妻と話がしたい。

私は、家の中に、何がどこにあるのかも分からない。

宅急便のハンコですらどこにあるか分からないんだ。

今まで妻に任せっきりで、何してこなかったからな。」

空:「・・・奥様とお話を・・・。」

徹:「仕事で言う、引継ぎをする時間を取りたいんだ。

それをしてもらえれば、自分でなんとかする。」

ヒメル:「奥さんは仕事としてしていたんじゃないと思うよ。」

徹:「なぜだ?家事は立派な仕事だ。

仕事である以上、引継ぎは必要だ。」

ヒメル:「奥さんは、仕事としてやってたんじゃなくて、徹さんを支えたいからやってたんだと思う。」

徹:「・・・。」

空:「そうですね。

家事は生活をしていく上で、必要なことです。ですが、お給料が発生しない為に、軽く見られがちです。

それをしっかりやって下さっていたんだとしたら、それは、愛情がなせる技なのでしょうね。」

ヒメル:「徹さんも、思い入れはないって言ってたけど、奥さんの事、尊重してたんだなって言葉の端々から伝わってくるよ。

・・・感謝してたんでしょ?」

徹:「感謝?

お互いがお互いの役目を果たしていただけた。

・・・だが、・・・確かに。

私が何も考えず仕事に没頭出来たのは、あれのおかげだと、・・・今は思っている。」

空:「素敵なご夫婦だったんですね。」

徹:「・・・どうだろうか。

私は確かに助かっていた。だが、妻がどう思っていたのか・・・。

子供もおらず、寂しい想いをさせていたと思う・・・。

だがそれももう、聞く術を持たない。妻はもう居ないのだから。」

空:「・・・後悔してらっしゃるんですね。」

徹:「・・・?後悔?

・・・私は後悔しているのか・・・。」

ヒメル:「空、何とかしてあげよう!何とかしてあげてよ!」

空:「そうだね。

・・・・・・そうだな。」


(空、奥の棚から何かを取り出してくる)


空:「・・・よいしょっと。」

ヒメル:「なぁに?それ。」

空:「これは、イモルタレアリテと言います。

日本で言う、映写機ですね。」


徹:「(M)そう言って出したそれは、片手に収まるようなサイズの、小さな物だった。

所々錆びていて、使い込まれたアンティークのように年代物だと感じる。」


空:「使い方も映写機と一緒です。

違う点は、これを徹さんのご自宅で、よく奥様がいた部屋で使って頂きたいのです。」

ヒメル:「そうすると、どうなるの?」

空:「生きていた頃のように、奥様はご自宅に戻ってこられます。」

徹:「・・・え!?」

空:「イモルタレアリテを使っているお部屋でだけ、今まで通り奥様がご一緒に生活なさいます。」

ヒメル:「生き返るってこと?」

空:「ヒメル、それはちょっと違うんだ。」


空:「奥様がお亡くなりになっているという事実は変わりません。

ただ、一時だけ、時間を共有できるのです。

このイモルタレアリテを使っている時だけは。」

徹:「・・・つまりどういう事だ?」

空:「つまり奥様は、映像としてご一緒に生活できるという事です。

そのお部屋の物も、あなたにも、奥様はお触りになれます。普通に生活できるのです。

空:ただ・・・。」

徹:「ただ・・・なんだ?」

空:「お話になる事はできません。」

ヒメル:「え?それじゃ意味ないじゃん。

徹さんは、奥さんと話したいって言ってるのに。」

空:「・・・。」

徹:「・・・話はできない・・・か。

・・・その方がいいのかもしれないな・・・。」

ヒメル:「え?なんで?」

徹:「ご都合主義かもしれないが、私は・・・あいつの恨み言を聞くのは耐えられそうにない・・・。」

ヒメル:「恨んでるかなんてわかんないじゃん!」

徹:「・・・恨んでるに決まっている。家庭も顧みず、仕事ばかりだった私を、あいつは何も言わず・・・何も求めず・・・ずっと支えてくれていた。

・・・そして・・・突然行ってしまった。」


徹:「会話は、筆談でも身振り手振りでも何とかなる。引継ぎはそれで十分だ。」

空:「そうですか。では、こちらを徹さんにお貸出致します。

お貸しするにあたって、守って頂きたい事がございます。」

徹:「なんだ?」

空:「お貸しするのは、今日から明日の夕方までです。」

ヒメル:「え?短くない?」

空:「それ以上は危険なんだよ。」


空:「明日の夕方になったら、こちらまでお返しに来て頂きますようお願い致します。」

徹:「・・・明日の夕方までか・・・。

・・・十分だ。」

空:「用法・用量を守って頂ければ、これは徹さんに素敵なお時間をもたらしてくれる事でしょう。」

徹:「・・・わかった。」

ヒメル:「徹さんなら大丈夫だと思うけど、きちんと守ってね!大事だからね!」

徹:「わかっている。」




徹:「(M)そう言ってそれを手に取ると、そこはもう、いつもの見慣れた通勤路だった。

突然のことに戸惑う。だが、私の手には手のひらサイズのそれが、しっかりと握られていた。

私は疲れた足を引きずるように、できる限り早足で家路についた。」





(しばらくの間・次の日)





ヒメル:「徹さん、今日来るかなぁ・・・。」

空:「え?」

ヒメル:「徹さん。今日来るかなぁってさ。」

空:「・・・徹さん?」

ヒメル:「もう!また!?

徹さんが来たの、昨日なのに!また覚えてないの!?」

空:「うーん、徹さん・・・徹さん・・・。」

ヒメル:「昨日来た、奥さんが死んじゃって、家事の引き継ぎをしたいって言ってた徹さん!

・・・言い方は冷たかったけど、奥さんのこと大切に思ってたと思うんだけどな。

ちゃんと来てくれるかなぁ・・・。」

空:「徹さん・・・徹さん・・・。」

ヒメル:「もう!空は!まったくもう!」



ヒメル:「あ・・・。」

空:「あ・・・。誰か来たね。」

ヒメル:「うん。徹さんかな?」


(ドアがカランと開く)


徹:「・・・どうも。」

ヒメル:「あ!徹さん!待ってたよ!」

空:「あぁ!徹さん!(昨日来たことを思い出す)

・・・お待ちしておりました。」

ヒメル:「(小声)忘れてたくせに・・・。」

空:「どうしたんだい?ヒメル。」

ヒメル:「なんでもなぁい!」



徹:「昨日は大変世話になった。ありがとう。」

空:「いかがでしたか?」

徹:「あぁ・・・。」

ヒメル:「ふふっ♪徹さん、表情が柔らかくなってるね!」

徹:「・・・そうだろうか?」

ヒメル:「うん!」

空:「良い事があったようですね。

もしよろしければ、話して頂くことはできませんか?」

徹:「あ、あぁ・・・。私の話で良ければ。」

ヒメル:「聞きたい聞きたい!」


徹:「では・・・。」




(回想)




徹:「(M)家に着くと、私は、取るものも取りあえず、妻がいつもいたであろう、リビングにイモルタレアリテを設置した。

スイッチを入れると・・・、リビングと続きになっているキッチンに、妻がいた。

いつもと変わらない、一ヶ月前に戻ったような日常が、そこにはあった。」


徹:「あ・・・、おまえ・・・。」


徹:「(M)思わず声をかけると、いつもの笑顔で近づいてきて、私にノートを差し出す。

ノートには、

『あなたが困っている事は、全部書いておきました。』

と書いてあった。」


徹:「・・・あ・・・ありがとう・・・。」


徹:「(M)と言うと、一瞬驚いたような顔をしたあと、顔をほころばせながら、うなづいてくれる。

そのノートには、見慣れた妻の綺麗な字で、貴重品の置き場所、洗濯や料理の仕方、注意事項などが書き記されていた。

私がノートを読んでいると、妻がまたキッチンへ戻り、再び何かを手にしてこちらに来る。」


徹:「あ・・・。」


徹:「(M)妻が手に持っていたそれは、結婚当初から、私が疲れて帰ってくると、いつも妻が入れてくれた、ホットココア。

マシュマロが乗っていて、隠し味にシナモンが入っている。」



(現在)



ヒメル:「あ!おんなじ!」

空:「シナモン入りのココアを入れてくださってたのは、奥様だったのですね。」

徹:「ああ。糖分は疲れている時には取った方がいいと。」

ヒメル:「徹さん、甘いもの好きなんだね!だから奥さん、徹さんの為に作ってたんだ。」

徹:「顔に似合わず、な。よく言われる。

・・・あれはよく私の事を見てくれていたんだろうな。」

空:「素敵な奥様ですね。」

ヒメル:「隠し味は愛情の印!シナモンは、奥さんの愛情だったんだね!」

徹:「ああ・・・。そうだな・・・。」



(回想)



徹:「(M)いつも当たり前のように飲んでいた。

疲れた時には甘い物、と呪文のように唱えていた妻。

妻のココアを飲むと、がっちり着込んでいた仕事用の鎧が、ほろほろと解けて(ほどけて)いくような気がした。

仕事で張りつめていた気持ちを、妻が解いてくれていた。その時はそれが当たり前だと思っていた。そんな日が、ずっと続くのだと信じて疑わなかった。」


徹:「(M)ココアを差し出しながら、にっこりと微笑む妻。」


徹:「あぁ・・・。ありがとう・・・。」


(徹、ココアを飲む)


徹:「・・・・・・ああ、温かいな。・・・美味いよ。」


徹:「・・・こんな風に、お前が生きているうちに、きちんと話せば良かった。

お前が入れてくれるココアは、こんなにも温かいのに・・・。

私と来たら、仕事仕事とそればかりで、家庭を顧みようともしなかった。

お前が事故にあった時でさえ、私は・・・、仕事に夢中で何も気づかなかった・・・。病院からの連絡さえも・・・。

お前にとっては最低な夫だっただろうな。すまない・・・。すまない・・・うっ、すまなかった・・・ううっ・・・。」


徹:「(M)私は、妻が死んでから、初めて泣いた。

子供のように・・・、何度も何度も謝りながら・・・。

妻は、微笑みながら・・・、私を抱きしめてくれた。まるで子供をあやす様に。

妻の腕の中は、・・・温かかった。」


徹:「・・・うっ、・・・遅すぎるかもしれない・・・。・・・でも今わかったよ。・・・私はおまえを・・・愛してる。愛してるいるよ、・・・加奈子・・・。」



(現在)



ヒメル:「うわぁぁん!よがっだ!よがっだねぇ、どおるさん!!(よかった!よかったねぇ、徹さん!)」

徹:「君達のおかげだ。

私は自分の気持ちすら理解出来ていない馬鹿者だった。

加奈子の愛情すら、分かっていなかった。

隠し味は愛情の印。その通りだったよ。

・・・・・・気づくのが、遅すぎたがな。」

空:「・・・そんな事ありません。」

徹:「え?」

空:「遅すぎる、なんて事はないんです。

もしイモルタレアリテがなかったとしても、奥様は元から徹さんの気持ちに気づいていたと思います。

でなければ、十年もそばにいられませんよ。」

ヒメル:「そうだよ!

徹さんも、思い入れがない、自分は薄情だ、なんて言ってたけど、奥さんのことを尊重して、大事にしていたんだなって分かったもん!

奥さんだって、絶対わかってたはずだよ!」

徹:「・・・そうだろうか。私は大事に出来ていたんだろうか。」

空:「奥様の笑顔が、その証拠ではないでしょうか。」

ヒメル:「うん!そうだよ!」

徹:「・・・あぁ・・・、ありがとう・・・。(静かに泣く)」



(少しの間)



空:「さて、せっかくですし、ココアでも入れましょうか。」

ヒメル:「わぁ♪いいね!」

空:「ココアでも飲みながら、奥様のお話、聞かせてください。」

徹:「・・・あの、・・・私に入れさせては貰えないだろうか。」

空:「え?」

ヒメル:「徹さん、ココア入れられるの?」

徹:「加奈子が残してくれたノートに、ココアの入れ方も書いてあったんだ。

上手く入れられないかもしれないが・・・。」

ヒメル:「わぁ!ステキ!飲んでみたい!」

空:「はい。是非、お願いします。」

徹:「・・・ありがとう。」

ヒメル:「こっちこそ、ありがとうだよ!」

空:「えぇ、ありがとうございます。」





(しばらくの間)





ヒメル:「空〜!どこ〜?」

空:「(遠くから呼ぶ感じで)ヒメル。こっちだよ!」

ヒメル:「(空を探しながら)ん〜と、・・・あっ!いた!」

空:「ヒメルもおいで。」

ヒメル:「こんなとこで日向ぼっこしてるなんて珍しい!お日様の下より、薄暗い書庫の方が好きな空が!」

空:「僕だって、たまには日向ぼっこしてみたくなるさ。」

ヒメル:「どんな心境の変化?」

空:「ふふっ。素敵な笑顔が見れたんだよ。暗い書庫から太陽の下に出てきたくもなるよ。」

ヒメル:「へへっ♪そうだね。」

空:「これからも一人でも多くの人の笑顔を見たいね。」

ヒメル:「うん!このお日様のように、暖かい笑顔がね!」

空:「少し休んだら、また次のお客様の為に、準備をしないといけないね。」

ヒメル:「うん!手伝うよ!ちゃんと片付けもしないとね!」

空:「あ、あぁ・・・そうだね。」

ヒメル:「大丈夫!ちゃぁんとしっかり指示してあげる♪」

空:「よろしく頼むよ。」



空:「(M)人の笑顔は、心を温かくしてくれる。見た人をさらに笑顔にしてくれる。この幸せの連鎖が続くことを、僕は心から願っている。」




END