【空色の店〜ディアナの鏡〜】


困ったり悩んだりしている時にだけ、あなたの前に現れる空色の店。



〚ご注意〛

・性別不問ですが、夏海だけは変更不可です。

・キャスト様の性別は問いません。

・アドリブは、世界観を壊さない程度でお願いします。

・一人称、語尾等の変更はOKです。



‪《登場人物》

①空(そら)

空色の店の店主。

性別不問


②ヒメル

空と一緒にいるネコ。

性別不問


③星川夏海(ほしかわなつみ)(女)

我の強い女優

性別変更不可




-------❁ ❁ ❁-----ここから本編-----❁ ❁ ❁-------




ヒメル:「(N)あなたが住み慣れている街に、ふと、見覚えのない路地があったら・・・。

心のままに覗いて見てください。

きっとそこには、あなたが望んでいるものがある・・・かもしれません。」





夏海:「(M)最近この業界でまことしやかに流れている、ある噂。

『困ったり悩んだりしている時にだけ、あなたの前に現れる空色のお店。見つけたら願い事が叶うらしい。』

バカらしい。そんなものが本当にあるとしたら、私利私欲にまみれたヤツらが横行しているこの世界の、いわば裏の店的な物なのだろう。

そう。金のあるヤツやコネがあるヤツだけが、一握りの成功者になれる、この歪んだ世界・・・。

だけど、成功者になれば、何でも手に入れられる、夢の世界・・・。」




夏海:「金がある人や、コネがある人だけを優遇してる店なんか、こっちから願い下げよ!

私は、自分の力だけで、トップに立ってみせるんだから!」





(しばらくの間)





夏海:(・・・あいつ。いつも私の上にいて邪魔なあいつ。

あいつさえ居なければ私がトップなのに・・・。)


夏海:「(M)オーディションの帰り。いつもモヤモヤしながら事務所に向かう。

春日陽子。あの女が同じオーディションを受けると毎回こうだ。」


夏海:「あー!腹立つ!!」


夏海:「(M)足下の石を蹴る。コロコロ転がった石は、細い路地の方に転がっていく。」


夏海:(あれ?こんなとこに路地なんてあったかな?)




(少しの間)




ヒメル:「コーヒーのいい香りがしてきたね!」

空:「そうだね。今日のお客様に出す飲み物の準備だよ。」

ヒメル:「コーヒーを出すの?」

空:「コーヒーよりいいものだよ。

さ、ヒメル。今日のお客様は少し手強いようだから、早めに迎えに行ってきておくれ。」

ヒメル:「 手強いの?・・・やだなぁ。

猫嫌いの人は、私についてきてくれないんだもん。

空が迎えに行ってあげてよ。」

空:「生憎と僕は手を離せないんだ。ごめんよ、ヒメル。

ヒメルの分の飲み物は、特別甘くしてあげるから。」

ヒメル:「わぁい♪

・・・って、騙されないんだからね!

でも、まぁ、飲み物が楽しみだから、特別に行ってきてあげる♪」

空:「ありがとう、ヒメル。

本当に君は、優秀な助手だよ。」

ヒメル:「へへへっ♪

じゃあ、行ってきまぁす!」




(少しの間)




夏海:(なんだろう・・・ここ・・・変に気になるな・・・。)


ヒメル:「にゃ〜。」


夏海:(あ、猫。

やだやだ、毛がつくじゃない。近づいてこないでよ。)


夏海:「しっしっ!」

ヒメル:「!・・・ふーーーー!!」

夏海:「何よ!あっち行きなさいよ!」

ヒメル:「(怒)!

・・・はぐっ!」


(ヒメル、夏海のバックについてるキーケースを噛みちぎって奪う)


夏海:「あ!このバカ猫!何すんのよ!返しなさいよ!」

ヒメル:「(キーケースを咥えながら)んなぁー!」


(ヒメル、走り去る)


夏海:「それがないと、家に入れないじゃない!

・・・あぁ!もう!なんなのよ!」


(夏海、ヒメルの後を追う)




(少しの間)




夏海:「(M)バカ猫を追いかけると、路地の・・・おそらく突き当たり・・・。

空が少し歪んで見える場所があった。

違う。空が歪んでいるのではない。建物があるのだ。

空と融合するように建っているその建物の、唯一浮き出るようにあるステンドグラスの嵌ったドアから、先程の猫が、キーケースを咥えたまま中に入っていく。」


夏海:(あのバカ猫、とっ捕まえてやるんだから!)


(夏海、ヒメルを追いかけて店に入る)




(少しの間)




空:「いらっしゃいませ。」

夏海:「ここに今、猫が入っていったんだけど、その猫どこよ!」

空:「あぁ、ヒメルのことですか?

ヒメルならそこに(座っていますよ。)」

夏海:「(被せて)ちょっと邪魔するわよ!」


(夏海、捕まえようとする)


ヒメル:「にゃ♪」


(ヒメル、華麗に避ける)


夏海:「この!」


(夏海、追う)


ヒメル:「にゃにゃにゃ〜♪」


(ヒメル、背の高い棚の上へ)


夏海:「こら!降りてきなさいよ!このバカ猫!」

ヒメル:「〜♪」


(ヒメル、バカにしたようにしっぽを振る)


夏海:「ーーーー!(怒)なんなのよ!もう!!」


(夏海、空に向き直る)


夏海:「あんた!あのバカ猫の飼い主!?」

空:「・・え、まぁ、飼い主というか、相棒と言うか、家族?

ん〜、なんかどれもちょっとずつ正解なんだけど、なんかちょっと違うな・・・。

一言でヒメルの(ことを紹介するとなると)」

夏海:「(被せて)あぁ!もう!なんでもいいわよ!

あのバカ猫、私のキーケースを噛みちぎって持って行っちゃったのよ!

飼い主のあなたが弁償してよね!」

空:「え?ん〜・・・やっぱり飼い主って言うのは(ちょっと違う気がするんだよなぁ)」

夏海:「(被せて)そんな事どうでもいいのよ!

弁償しろって言ってんの!」

空:「あぁ!申し訳ありません。そうでしたね。

ヒメル。降りておいで。」

0:(ヒメル、空の所に降りる)

ヒメル:「♪」

空:「ヒメル、キーケースを僕に渡して。」

ヒメル:「はぁ〜い♪」

夏海:「・・・え?」

空:「お客様も、鞄についている方の壊れたキーケースを渡して頂けますか?」

夏海:「え?ああ、はい・・・って!ちょっと待って!?」

空:「?どうしたんです?」

ヒメル:「うるさい女だねぇ」

夏海:「ちょっと!あ、え、あ、な、何、その猫!」

空:「ヒメルがどうかしましたか?

あ、そうか。ヒメルが失礼な事を・・・。申し訳ありませんでした。」

夏海:「じゃなくて!」

ヒメル:「ふふん♪」

夏海:「・・・その猫!話してるじゃない!」

空:「・・・あぁ!そうか!そうなんです。ヒメルは話せるんですよ。」

ヒメル:「賢いネコだからね♪」

夏海:「っ!」

空:「ヒメル、ちゃんと謝るんだよ。」

ヒメル:「え〜!?この失礼な女に、謝るの!?やだよ!」

空:「・・・ヒメル。(窘めるように)」

ヒメル:「あ・・・えと・・・えぇー・・・。(不満)」

空:「ヒメル。(窘めるように)」

ヒメル:「・・・・・・ごめんなさぁい。(不満)」

空:「・・・。」

ヒメル:「・・・。」

夏海:「・・・。

・・・気持ち悪っ!」

ヒメル:「え!?」

夏海:「猫が話すなんて気持ち悪い!」

ヒメル:「はぁ!?」

夏海:「何!?どういうこと!?本当に猫なの!?

うぅぅぅ、鳥肌立っちゃった!!きもっ!!」

ヒメル:「な!な!な!なんて失礼なの!!」

夏海:「いやいやいやいやいや!しゃべらないでよ、キモイから!」

ヒメル:「ーーーーーーっ!!!(声にならない声)

空!この女、ほんっと失礼!!嫌い!!」

空:「まぁまぁ、ヒメル、落ち着いて。」

ヒメル:「無理だよ!無理無理!今すぐ追い出したい!!」

空:「お互いに失礼があったんだから、お互い様ってことで。

さぁ、お茶でもしながら、仲直りしよう。」

ヒメル:「はぁ!?(同時に)」

夏海:「はぁ!?(同時に)」

空:「ほら、息ぴったりだよ。ふふふ。」

ヒメル:「ありえない!ふんっ!」

夏海:「こっちがありえないのよ!ふんっ!」




(しばらくの間)




空:「さぁ、アイリッシュコーヒーが入ったよ。」

ヒメル:「アイリッシュコーヒー?って何?」

空:「コーヒーに、少しウイスキーが混ざっていて、上に生クリームが乗っているんだ。

温かいうちに、混ぜずにどうぞ。」

ヒメル:「混ぜずに?なんで?」

空:「冷たい生クリームをすすりながら、そこにコーヒーとウイスキーが流れ込んでくる味を楽しむのが、オツなんだよ。」

ヒメル:「へー。」

空:「お客様は、お酒は嗜まれますか(たしなまれますか)?」

夏海:「ええ。寝る前に良く、ウイスキーやブランデーを飲むわ。」

空:「それなら良かった。飲みやすいので、是非どうぞ。」

夏海:「・・・いただきます。

・・・おいしい。」

ヒメル:「おいしいよ!空!まろやかな味!」

空:「ヒメルのは、アルコールを少し飛ばしてあるからね。飲みやすくなってると思うよ。」

ヒメル:「そうなんだ!ありがとう、空!」

夏海:「ほっとする味ね。ついつい飲んでしまうわ。」

空:「どうぞ、オカワリもありますので。

ですが、少し強いお酒ですので、お気をつけください。」

夏海:「大丈夫よ。私酔ったことないから。」

ヒメル:「へー、おっとなー。」

夏海:「・・・。(無視)」

ヒメル:「(無視するなんて)こっどもー。」

空:「さぁさ、キーケースを直してしまおう。

壊れたキーケースを、この箱に入れて・・・と。

蓋を閉めて、蓋についている時計を・・・んー、どのくらいかな?」

ヒメル:「一時間前でいいんじゃない?」

空:「そうか、そうだね。

一時間前に巻き戻して・・・と。」

夏海:「・・・なに、してるの?」

ヒメル:「黙って見ててよ。」

夏海:「・・・(無視)。」

ヒメル:「大人しくていいねぇ♪」

夏海:「・・・むかつく。」

空:「よし!戻ったよ。さ、箱を開けよう。」


(空、箱を開ける)


夏海:「・・・え!?」


夏海:「(M)箱の中を見ると、キーケースが元の状態になって入っていた。」


夏海:「ど、どういうこと!?なんで!?」

ヒメル:「ふふん♪どんなもんだい!」

空:「さぁ、どうぞ。」

夏海:「・・・(キーケースを手に取ってまじまじと見る)。

・・・直ってる・・・。

ど、どういう事!?」

空:「この時計は、密閉空間に入っている物の時間を戻せるのです。

今回はこの箱の中身の時間を戻したので、キーケースが直ったのですよ。

(ブツブツと)生物(なまもの)の時間を戻せないのが難点なんだけど。野菜とか、腐っちゃっても戻せないんだよなぁ。よく腐らせちゃうから、戻せるともっと(使い勝手がいいのに。)」

ヒメル:「(被せて)あーあー、また始まった、空の文句〜!」

夏海:「・・・。」

ヒメル:「驚いて声も出ない?ひひっ♪」

夏海:「・・・。」

ヒメル:「どうだ!まいったか!へへ〜ん♪」

夏海:「・・・ねぇ!」

ヒメル:「わっ!ビックリした!」

夏海:「ここにはそう言う不思議なものが沢山あるの?」

空:「そうですね。僕が収集した物が沢山ありますよ。」

夏海:「・・・もしかして、願いを叶えてくれる空色のお店って・・・。」

空:「あ、お客様もお聞きになっていますか?噂になってるようで。ありがたいですね。話が早くて助かる。

ただ、願いを叶えるというのは語弊がありますね。

きちんとお話を聞いて、あなたに合った商品を(お渡ししているんです。)」

夏海:「(被せて)ねぇ!!!(大声)」

ヒメル:「わっ!もう!ビックリするじゃん!」

夏海:「私の願い、叶えてよ!」




(少しの間)




夏海:「私は星川夏海。女優よ。テレビで見たことないかしら?」

空:「そうなんですか。道理でお綺麗でいらっしゃる。

でも残念です。ここにはテレビがないものですから。」

夏海:「・・・そう。テレビもないなんて、悲しい人達ね。」

ヒメル:「別にテレビなくても楽しいよ。ね、空。」

空:「そうだね。」


夏海:「テレビの世界はいいわよ!夢があって!

成功すれば、なんでも願いが叶う!

周りの人がちやほやしてくれるし、なんでも言うことを聞いてくれる!

私はいつでもみんなの女王なのよ!

ただ・・・。」

ヒメル:「ただ?」

夏海:「成功するのはほんのひと握りの人間。

他の有象無象はただ埋れているだけ。」

空:「・・・厳しい世界なのですね。」

夏海:「私も10代の頃は、若さも勢いもあって、それなりに売れていたの。

でも、歳を取るにつれて、段々仕事は減って行った。

歳を取っても輝きを放てるのは、それこそもっともっと限られた人間だけなのよ。」

ヒメル:「・・・そうなんだ。結構苦労してるのね。」

夏海:「そんな中、同年代でも、ずっと輝きを放っている女優がいるの。

春日陽子。あの女の美貌は、私でもハッとさせられるわ。悔しいけどね。」

ヒメル:「春日・・・陽子・・・?」

夏海:「あぁ、そうね、テレビがないんだったわね。可哀想な人達。」

ヒメル:「もう!いちいち腹立つなぁ!」

空:「ヒメル、落ち着いて。

アイリッシュコーヒー、おかわりいるかな?」

ヒメル:「うん!」

夏海:「あの女がいる限り、私はどうしても一番になれないのよ。

あの女さえ居なければ・・・!」

空:「・・・夏海さんの願いは、その陽子さんを消すことですか?」

夏海:「そうね。あの女を消してくれるのなら、願ったり叶ったりだわ。」

空:「申し訳ありませんが、それは承諾しかねます。

僕達は人を幸せにしたいのであって、不幸になる人がいる前提で、僕の大切な宝物達をお貸しすることは出来ません。」

夏海:「はぁ!?」

空:「夏海さん自身が幸せになるにはどうしたらいいのか、一緒に考えましょう。」

夏海:「何言ってるの!?

だから!私が幸せになるためには、あの女が邪魔だって言ってんの!!

その願いを叶えるのが、あんた達の役目でしょ!?」

空:「それは、夏海さんを幸せにはしません。

他の人の不幸を願って、他の人を下げた所で、夏海さん自身が(幸せにならなければ)」

ヒメル:「(被せて)ああ!!春日陽子!!!」

夏海:「うるさいわね!話してる最中に!」

空:「どうしたんだい?ヒメル。」

ヒメル:「春日陽子!そうだ!思い出した!

陽子ちゃんだよ!陽子ちゃん!!

空!覚えてない?」

空:「え?」

夏海:「何?私のことは知らないのに、春日陽子のことは知ってる訳!?」

ヒメル:「前にお店に来たじゃない!

肌が弱くて、すぐ赤切れになっちゃうんだって。アレルギーも持ってて、顔とかもカッサカサで、男の子にバカにされてるんだって、泣きながら(お店に来て)」

空:「(被せて)ヒメル!!」

ヒメル:「っ!」

夏海:「・・・は?あの女がこの店に来た?」

ヒメル:「・・・あ。」

夏海:「あの女がこの店に来たの?」

ヒメル:「あ・・・えと・・・。」

夏海:「あの女もこの店に来たのね!?」

空:「・・・夏海さん・・・。」

夏海:「出しなさいよ。」

空:「え?」

夏海:「あの女に渡した物、出しなさいよ。

どうせ綺麗になれる物とか渡したんでしょ?

はっ!やっぱりあの女は、ズルしてあの場所に辿り着いたんだ!そんなことだろうと思ったのよ!」

空:「・・・。

それだけではありませんよ。

僕達は、確かに彼女を少し手助けしました。

でも、今の彼女があるのは、彼女自身が努力した結果です。」

夏海:「そんな綺麗事、聞きたくないわ。

さぁ出して。彼女に渡した物と同じ物を。」

ヒメル:「・・・空・・・。・・・ごめん。」

空:「・・・ヒメル、大丈夫だよ。」

夏海:「あの女が、こういう怪しい店に来て、怪しい事をやっていた・・・、ふふっ!これは週刊誌の格好のネタね!

これであの女も終わりよ!ははっ、ははは!」

空:「・・・。

夏海さん。」

夏海:「何よ。」

空:「・・・。

あなたのご希望通り、陽子さんに渡した物と同じ物を、あなたにお渡しします。」

ヒメル:「!・・・空。」

空:「大丈夫だよ、ヒメル。」


(ほんの少しの間)


空:「ですが、あなたは、あなたの言うこの怪しい店に来て、この店の意図にそぐわない事をしようとしている。

その意味がおわかりですか?」

夏海:「・・・どういう事?」

空:「・・・こちらにも、それ相応の準備があるということですよ。

あなたのご希望通り、商品はお渡しします。ですが、もし、万が一にでも、春日陽子さんの不利益なるような事をお考えなのでしたら、・・・・・・こちらも考えがあります。」

夏海:「・・・っ!」

空:「くれぐれも、ご自分の行動には、お気をつけください。」

夏海:「・・・・・・わかったわよ。」




(しばらくの間)




空:「陽子さんにお渡ししたのは、こちらです。」

夏海:「・・・これは・・・鏡?」

空:「これは、ディアナの鏡と言います。

鏡の持ち主が気にしている部分や、コンプレックスに思っている部分を、鏡に写し取って、持ち主を理想の姿に近づけると言われています。」

夏海:「・・・へぇ。」

空:「そしてその効果故に、持ち主を魅了し、虜にすると言われているのです。」


夏海:「(M)その鏡は、銀色の光を放ち、宝石が鏤められた(ちりばめられた)、美しい手持ち鏡だった。

夏海:その美しい様に、つい見とれた。」


ヒメル:「陽子ちゃんは、この鏡を使って、アレルギーや赤切れを治したんだよ。」

夏海:「・・・それだけじゃないでしょ?」

空:「・・・と言うと?」

夏海:「それだけであの女があそこまでの輝きを放つはずがない!」

ヒメル:「そんな事ないよ!陽子ちゃんは、元からキレイでかわいかったもん!」

夏海:「あんたは黙ってなさいよ!」

ヒメル:「っ!」

夏海:「もっとあるでしょ?」

空:「・・・本当に彼女に渡したのはこの鏡だけです。

ただ・・・この鏡は、あなたが思っているより強力で、危険なものです。」

夏海:「危険?」

空:「はい。

用法・用量を守って使って頂かないと、それこそ大変なことになります。」

ヒメル:「だから、本当はきちんとしてる人にしか渡さないんだよ。」

夏海:「それなら私は大丈夫よ。」

ヒメル:「・・・(小声)そうかなぁ。」

夏海:「何?(ヒメルを睨む)」

ヒメル:「ふんっ!」

空:「ディアナの鏡と名付けられたのは、この鏡には意思があり、その性格は、容赦がなく、冷酷だからです。

それこそ、ギリシャ神話の女神ディアナのように。」

夏海:「ふーん、女神の名前がつけられているの。

ふふっ♪私にピッタリね。」

ヒメル:「そうだね。」

夏海:「あら♪突然何?

猫のあなたにもやっと、私の魅力が分かってきたのかしら?」

ヒメル:「冷酷非道な女神なんて、あんたにピッタリだよ。」

夏海:「ふんっ!まっ!やっぱり猫は猫ね。なんにもわかってないわ。」

空:「この鏡は、あなたが理想の自分になる為に、大いに役立ってくれることでしょう。

ですが・・・。これだけは守ってください。

鏡を覗く回数は・・・毎日夜に一回ずつ、三日間迄です。」

夏海:「・・・なぜ?」

空:「それ以上は、危険だからです。

それに、夏海さんはそれだけで十分お綺麗になりますよ。

どうか、くれぐれも、用法・用量を守ってくださいますよう・・・。

守らなかった場合、当店では責任を負いかねますので。」

夏海:「・・・ふーん。」

ヒメル:「きちんと守ってね!空が言ってる事は、全部全部大切なんだから!」

夏海:「うるさいわね。わかったわよ。」

ヒメル:「絶対絶対!絶対だからね!」

夏海:「・・・。」

空:「三日後、ディアナの鏡を持って、またここにいらしてください。

その時、鏡を返して頂きます。」

夏海:「・・・返さないといけないの?」

空:「それだけ、このディアナの鏡は危険を伴うのです。」

ヒメル:「ちゃんと来てね!あなたの為なんだよ!」

夏海:「・・・わかったわ。」




夏海:「(M)鏡を手に取ると、そこには店も路地も何も無く、ただの壁が続いていた。

夏海:突然の事に、戸惑う。

夏海:だが、私の手には、美しい鏡が握られていた。

夏海:滑らかなその感触が、夢ではないのだと思わせる。」


(ほんの少しの間)


夏海:「私は素早く鏡をバッグに入れ、その場を後にした。」




(しばらくの間・五日後)




ヒメル:「あの女、来ないね〜。」

空:「・・・あぁ、少し心配だね。」

ヒメル:「へー!珍しい!空がお客様を覚えているなんて!」

空:「あれはね、この世に二つとない物なんだ。

持ち主を美しくする効果もさることながら、その装飾にも目を見張るものがある。あの鏡に填まっている宝石は、この世界にはない物なんだよ。それだけでも希少価値がある!

あれを手に入れられた事は、本当に幸運だった!

大切に大切にしていたのに・・・。

あぁ〜!心配だぁ!」

ヒメル:「・・・そっちの心配・・・。」

空:「え?」

ヒメル:「・・・なんでもない。」

空:「・・・心配だから、覗いてみようか・・・?」

ヒメル:「そうだね。夏海さんが心配だから、覗いてみよう!ね!」

空:「?・・・あぁ!そうだね!夏海さんが心配だ!」

ヒメル:「・・・はぁ。(呆れる)」

空:「そうと決まれば、アイリッシュコーヒーの準備をするよ。」

ヒメル:「アイリッシュコーヒーをまた飲めるのは嬉しいな!美味しかったもんね!」

空:「そうだろう♪」

ヒメル:「・・・夏海さん、大丈夫かなぁ・・・。」


ヒメル:「(M)空には、他人(ひと)の人生を覗き見できる力がある。

ただ、誰でも彼でも覗き見できる訳ではなくて、一度会って、一緒に飲み物を飲んだ人限定で。

覗き見する時は、その時その人が飲んだカップで、その人が飲んだ同じ飲み物を準備しなくてはならない。

その同じカップに、同じ飲み物を入れた時だけ、水面に映像が映し出されるのだ。」


空:「さぁ、準備できたよ。」

ヒメル:「うん!早速覗いてみよう!」



(回想)



夏海:「(M)家に着くと、私は早速鏡に自分を映し出してみた。


夏海:「ドキドキするわね・・・。」


夏海:「(M)私は目をつぶって鏡を反転させ、自分を映す。

・・・・・・そっと目を開けると・・・。」


夏海:「・・・これが・・・私?」


夏海:「(M)鏡に映った私には、歳をとる毎に私を悩ませ続けてきた、シミ、ソバカスが綺麗さっぱり消えていた。

自分の顔ながら、惚れ惚れする美しさだ。

うっとりとしながら、じっと鏡を見る。」


夏海:「・・・はぁ・・・(うっとり)。

・・・はっ!だめだめ!この鏡は危険だって、あれ程言われたんだもの。

とりあえずドレッサーの引き出しに閉まっておいて・・・。

よし!」


(少しの間)


夏海:(・・・でも、1回見ただけで、この変わりよう。すばらしいわ・・・。

・・・・・・。」



夏海:「・・・もう一度鏡を見たら、どうなるのかしら・・・。」



夏海:「ううん!だめだめ!次は明日よ!あんまり突然変わりすぎるのも考えものよね!整形なんて噂が流れたら、たまったもんじゃないわ!我慢我慢!)



(現在)



ヒメル:「ふぅ〜〜〜〜〜!

なんとか用法・用量は守ってるみたいだね!」

空:「ヒヤヒヤしたけどね。」

ヒメル:「・・・これ、やっぱり、鏡に魅了されちゃったパターンかな?」

空:「うーん。もう五日も経っているのに、店に来ないところを見ると、そうかもしれないね。

まぁ、もう少し様子を見てみよう。」




(回想・次の日)



夏海:「やっと夜だわ!

この時を待っていたのよ!」


夏海:「現場のスタッフに、

『化粧品変えました?肌が明るくなりましたね』

って褒められたわ!

最近容姿について褒められることなんてなかったから、嬉しいっ!嬉しいっ!」



夏海:「さぁて♪今日も綺麗になるわよ♪」


夏海:「(M)ドレッサーから鏡を出して、昨日同様自分を映してみる。

鏡で見た自分は、目尻のシワが消え、肌がピンッと張っていた。」


夏海:「わぁ!この肌の張り!十代の頃に戻ったみたい!

・・・すごい!すごいわ!


夏海:・・・・・・・・・。


夏海:もう一度くらい鏡に映してみても、バレないわよね?

誰も見てないんだし・・・。」


夏海:「(M)私は我慢できず、もう一度鏡を覗き込んだ。

すると今度は、まつ毛がクルリとカールし、印象的な目元になった。」


夏海:「あぁ、ステキ!」




(現在)




ヒメル:「あぁぁぁぁぁぁ!!

あんなにダメって言ったのに!」

空:「・・・しょうがない人だな・・・。

でも・・・予想通りと言うか・・・。」

ヒメル:「・・・そうだね・・・。」

空:「夏海さんが希望したからあの鏡を渡したけど、あの人にはもっと他の物を渡した方が良かったと思う。

もっと他に、ピッタリの物があっただろうに・・・。」

ヒメル:「あの人ほど、自分の欲求に正直な人はいなかったもんね。」

空:「欲求に忠実な人ほど、ディアナの鏡の虜に陥りやすい。

早めに取り戻しに行った方がいいかもしれないね。

取り返しのつかないことに、ならないうちに・・・。」

ヒメル:「・・・行く?」

空:「・・・あぁ、行こう。」




(しばらくの間)




夏海:「今日はどこが変わるかしら・・・。

夏海:鏡・・・鏡を見ないと・・・。」


夏海:「(M)あれから私は、暇があると鏡を見るようになった。

その度にステキに変わっていく。

フェイスラインはシャープになり、髪もツヤツヤで、肌も透明感を増した。唇はぷっくり色っぽく、目も黒目がちになり、誰もが振り向く良い女になっていた。」



ヒメル:「あぁー!!見つけた!!

その鏡を持っているって事は・・・夏海さん・・・だよね?」

夏海:「ひっ!」

空:「・・・夏海さん・・・。」

夏海:「か、返さないわよ・・・。この鏡は私の物・・・。」

ヒメル:「・・・どうしちゃったの・・・?・・・その姿・・・。」

空:「・・・遅かったか・・・。」



空:「(M)夏海さんは、もう夏海さんとは認識できないほど、別人になっていた。

体はやせ細り、頬は痩け、目も唇も異様に大きく・・・、それは・・・、常軌を逸していた。

痩せ過ぎてよたよたと歩く姿は老婆のようで、・・・それでも、手の中にあるディアナの鏡を取られまいと、必死に逃げようとする。」


ヒメル:「夏海さん!転んじゃう!危ないよ!」

夏海:「来ないでよ・・・。来ないで・・・。」

空:「夏海さん、鏡を取ったりしないから、落ち着いてお話しましょう。」

ヒメル:「そうだよ!落ち着いて、一緒に話そう!」


空:「(M)そう言うと、夏海さんは力が抜けたようにストンとしゃがみこむ。

だが、決してディアナの鏡は離そうとしない。」


夏海:「私は・・・、私は生まれ変わったのよ・・・。

素敵ないい女に・・・。

みんなが私を褒めてくれる・・・。

綺麗になりましたね・・・、ステキですねって・・・。

最近は・・・、高嶺の花になりすぎちゃって・・・、みんな遠巻きに私に羨望の目を・・・向けてくれる・・・。」

ヒメル:「・・・・・・こんな事になってるなんて・・・。」

空:「・・・。

夏海さん。あなたはもう、十分綺麗です。

あなたにはもう、その鏡は必要ありません。」

夏海:「っ!

そんな事ないっ!もっと!もっと!私はもっと変われる!もっと綺麗に!もっと美しく!」

ヒメル:「ひゃっ!」

空:「夏海さん!それ以上はダメです!」

夏海:「もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!!!!!」

空:「夏海さん!!」

ヒメル:「夏海さん!!やめてーーーーー!!!」


空:「(M)夏海さんは、再び鏡を覗き込む。

その、あまりにも華奢すぎる手で。

・・・・・・その瞬間・・・。」



(夏海が消え、鏡だけがゴトリと落ちる)



ヒメル:「・・・え?」

空:「・・・。」

ヒメル:「え?え!?・・・夏海さん、消えちゃった・・・。」


(空、鏡を拾い上げる)


空:「・・・ヒメル、・・・ディアナの鏡は、なぜ持ち主を理想の姿に変えてくれると思う?」

ヒメル:「・・・えっと、・・・なんでだろう?」

空:「ディアナの鏡はね、持ち主を虜にし、何回も鏡を覗かせることで、養分を吸い取っているんだ。

・・・ディアナの鏡自身の美しさを保てるように・・・。」

ヒメル:「・・・え?」

空:「だから、この恐ろしい鏡は、美しさを保ったまま、永久的に人々を魅了しているんだよ。」

ヒメル:「・・・ということは・・・夏海さんは・・・。」

空:「・・・永久に美しさを保てる、ディアナの鏡になったんだ。」

ヒメル:「・・・あ・・・。」

空:「・・・やはり、彼女にこの鏡を渡すべきではなかったのかもしれない・・・。

今更後悔しても・・・遅いのだけど・・・。」

ヒメル:「・・・。」

空:「・・・。」

ヒメル:「でも・・・夏海さん自身は幸せだったんじゃないかな。」

空:「・・・え?」

ヒメル:「周りから見たら、どんなに惨い(むごい)姿だったとしても、夏海さんは、自分は綺麗になったって言ってた。

自分の理想に近づけて、心はきっと、幸せだった・・・んじゃないかな・・・。」

空:「・・・うん、ヒメル、・・・ありがとう・・・。」


空:「・・・僕は・・・、みんなの幸せな笑顔を見たいだけなのになぁ・・・。

なかなか上手くいかないものだね・・・。」

ヒメル:「・・・うん。」

空:「帰ろうか、ヒメル。」

ヒメル:「うん、帰ろう、空。」





(しばらくの間)





ヒメル:「空ーー!!

またこんなに散らかして!」

空:「え〜?片付けたんだよ。」

ヒメル:「だって、昨日はここに本なんてなかったのに、こんなに積み上げて!」

空:「あ、そこは動かしちゃダメだよ、読んでる最中なんだから!」

ヒメル:「なんでこんなに読みかけの本があるんだよぉ!読み終わってから次の本読んでよ!」

空:「だってしょうがないじゃないか、次々読みたくなるんだから。」

ヒメル:「お客様が来たらどうするの?邪魔じゃない!」

空:「そしたらちょこっとそこの横に避ければいいさ。」

ヒメル:「もう!そんなんだから片付かないんだよ!

ヒメル:お客さん来ちゃうじゃない!」

空:「大丈夫だよ、滅多に来ないんだから・・・。」


空:「・・・あ。」

ヒメル:「・・・あ。

ほらぁ!来ちゃったじゃん!」

空:「・・・う〜ん。その本は僕がどけとくよ。

ヒメルは、お客様のお迎えを頼むよ。」

ヒメル:「はぁ〜い!

んふふ♪今日の飲み物は何かなぁ♪」

空:「美味しいものを準備するよ。楽しみにしてて。」

ヒメル:「うん!行ってきまぁす!」

空:「よろしくね!



空:「・・・さて、次こそは・・・、・・・笑顔が見たい・・・な。」


END